自分と家族のこと

最近よく思うことは、自分が今までやってきたことは間違っていなかったということ、大したことがないか凄いかではなく、寧ろそれなりに特殊でそれなりに普通だったということだ。まず日本人に生まれただけで世界的に見れば恵まれている。そして小学生の時から父親が年に半分以上は単身赴任で海外に行っていたというのも変わっている。中学2年の時にその父親に一人だけついて行ってシンガポールで一年暮らしたことも変わっている。それもそのうち半分以上は一人暮らしだった。後は高校卒業後数回海外に行ったことがあるのと、高校生の時から本を良く読むようになったこと。日本人は比較的読書率は高いみたいだけれど、その中でも文学から心理学、社会学等、雑多に何でも読む人は実際は少なく、更に海外のものを中心に良く読むとなると更に少なくなってくる。30歳になってこれまで1000冊以上は読んだと思うが、それ専門の人などは少なくとも3000冊ぐらいは読んでいるだろうし、決して多い数字ではないのだけれど、一般からすると、本を読んでいる人の中でも少ない割合の部類に入ると思う。そして僕は音楽が主なので、そちらの感覚と、本と、同時に探っていったことからできあがった感性は、どちらかというと珍しい方の部類に入るだろう。本も1000冊以上読んでいて、日本のものも、海外のものも読んでいて、音楽を主に活動している人は、音楽の世界には幾らでもいると思うけれど、世間一般で言えば特殊なのだなと思った。それ以外の仕事や、人間関係での経験は、日本人としては平均的な部類に入ると思う。それなりに特殊で、それなりに普通というのはこういうわけで、それは誰に対しても言えると思う。学生時代に部活をやっていた人などは、それが特殊だし、家庭事情はそれぞれがなにかしら問題がありそれが特殊だ。個人でいえば、見た目でだいぶ歩む人生も変わっているだろうし、その人の性格が更にその人の歩む道を作り上げる。食事や性的な嗜好なども人の人生を分けるものだ。酒を飲む人と飲まない人で、交友関係や範囲は変わってくるだろうし、起こりうるドラマの質も変わってくるだろう。

自分のことを書くと、両親はただの普通の善良な市民で、祖父と祖母は、母方の祖父を残して亡くなっているが、父方は祖父が教師出身の元共産党の市会議員で、祖母も教師だった。叔母は教師で、その夫は元教師で今は幼稚園をやっている。従姉妹の夫も教師だ。母方の祖父は被爆者で元軍人の元役人、バリバリの自民党贔屓で、祖母は文学が好きで、短歌をやり、茶道と華道の教師をしていた。そしてよく祖父と口論をしていた。母方と父方の従兄弟にも一人ずつ教師がいる。こうやってみると、周りは教師ばかりで、これも変わっている部類に入ると思う。とはいえその中でも深く関わった人というのは少なく、間接的に意識し合ったりはしたと思うが、そこまではっきりと影響を受けたわけではないと思う。その中で僕がはっきりと意識したのは、文学が好きだった母方の祖母で、祖母の亡くなった後、彼女の蔵書からめぼしいものを借りて読み、生きていた時は文学について全く話さなかったのだけれど、そこに残された本を読むことで亡くなった祖母と会話をしているような気がしていた。そして小さい時にかけてくれた言葉やその意味などを思い返す時、そこに込められたメッセージを改めて自分のものにするのだった。それは何であれそれで良いということだった。幼い頃、よく祖母は図鑑や、歴史に関する絵付きの読みやすい本をプレゼントしてくれた。僕はそれを殆ど読まなかったけれど、それについては祖母は何も言わなかった。ある時何か一冊本を買ってあげると、近くの本屋に連れて行ってもらい、僕はそこで一巻読みきりの漫画を買った。確かガンガンか何かで連載されていたやつだったと思う。ファンタジーで、主人公が泥棒、ヒロインは何だったか思い出せないけど、勧善懲悪の、読み終わった後に少し切なさが残る、わかりやすい物語だった。僕はそれを何回も読んだ。それを買って、家で読んでいる時に、何を読んでいるの、と後ろから覗き込まれた時は恥ずかしかった。でもそれを見ても祖母は笑顔で、けんちゃんはこういうのが好きなんだねえと、それでいいんだよ、という感じで言っていたのを覚えている。祖母は何も強制はしなかったし、自分の好みを押し付けることはしなかった。祖父や祖母というものはそういうものなのかもしれないが、僕は祖母が殆ど僕と同じ趣味をしていて、もし生前にそのことを知っていたら、色々と話ができたであろうことを、祖母が亡くなって、その蔵書を見た時に初めて気がついた。きっと僕が祖母と似たものが好きだということは、祖母は母から聞いてある程度知っていたと思う。亡くなってから偶々その人のことがわかる、というような控えめさを、僕はとても好ましく感じた。これこそが祖母の自分の愛した人や、作品に対する信頼だったのだと思う。人から誤解をされることは避けられないし、自分が好きな人からでもそれは避けられない、それなら自分の気持ちだけしっかりと持って、後は誤解をされたままで受け入れていく、そんな自分でいたい。寧ろお互いに誤解されたままの方がいい。そうして、相手のことがわからないという部分を大事にして、人を判断しきらないということが、相手を尊重するということになるのだと思う。父方の祖父は僕が生まれる前に亡くなっており、その思い出は、誰かの思い出話しの中に出てくる祖父の姿しかない。けれど、祖父は中々変わった人物だったようで、周りに祖父の話をすることが多いことから、そこから影響力の強さと、それが自分にも及んでいることを感じる。父方の祖母は、今の家の隣で暮らしていたので、話をしたり、会う機会も多かった。母方の祖父とは、一年間二人で一緒に暮らしたことがあるので、とても世話になった。けれど特に影響を受けたと感じるのは、余り話さなかった母方の祖母と、すでに亡くなっていた父方の祖父だ。多分距離が遠い分だけ、勝手に自分の中で良いように解釈しているのだと思う。

兄弟の中で大学に入っていないのは僕だけだ。兄は東京へ、弟は今は大阪にいる。ただ僕が一番お金と手が掛からなかったとは思う。そして一番自信家で、傲慢なのも僕だと思う。一番勉強も、人が好きなのも僕だと思う。とにかく自分のやりたいようにしかやってこなかった。今の自分は努力と怠惰の結果だ。わかりやすいぐらいにそのままだ。これまでの人生を省みて、努力が全く足りていなかったと思う。もっといくらでもできたのに、それをやらなかった。ただ、それでも今の自分にとって、これまでやってきたことが、そして、「やらなかったこと」が、全て為になっている、と思える。それは最近そう感じるようになった。何かしら、色々なことが繋がるようになってきた。まだ完全ではないけれど、それは成果というものを生み出そうとしていると感じている。多分、何気ない形で、ごく普通のこととして、それは生み出される。それを作りたかったのだと、そこに辿り着きたかったのだと感じる、そういったところに行ける気がする。

Ken Matsuda自分と家族のこと