2016.2.26

昼過ぎまで眠る。昨日より体調は大分楽だ。それでもまだ鼻はぐずついている。身体もまだ怠い。何もせず夕方になる。散歩に行く。ゲームセンターでシューティングゲームをやってみる。すぐに死ぬ。三回繰り返して三回ともすぐに死んだ。それからマックで本を読む。「自省録」の内容が、少しずつだけどわかってきた。何回も頭ばかり繰り返し読んでいる本。バンドを組み、バンドを組み、何度も同じところを繰り返している。もうそろそろ31歳になる。いつも頭の方で止まってしまう。体調が悪いから、精神状態も良くないのか。それとも精神状態が良くないから、体調がそれに従いてきたのか。空白地帯。時間と時間の隙間。やけに静かな夜だ。ロータリーは人も少なく。向かいの通りのテナントは、どのお店も潰れていて、看板だけが生き残っている。可愛い女の子がいる。美味しい鍋がある。らしい。多分どこかにあるものを、正直にそう言っているのだろう。嘘は吐いていないけどそうではないもの。看板だけ生き残っているお店か。どうしたいかだけは伝わってくるよ。

ずっと飛行機でのことを思い返している。あの時の感覚を、失くさないようにしている。とても危ない。気を抜いたらすぐに消えてしまいそう。そのことについて考えて、何か書こうと思っていた。整い過ぎていて、無知ではなく狂気を感じる瞬間。のっぺらぼうな世界。つるつるとした肌触り。機械より優れていなければいけない人間。機械より。やがては取って代わられるであろう労働。どこにプライドがある。見栄は自らを見ない試み。どこに尊重がある。居心地が良い世界?座り心地が良いソファのような世界?摩擦は最小限に?包み込むように?

何故こんなにヒステリックなのだろう。自分の心を分解すると、タイに行って見てきた体験を尊重したい、大切に思いたいという動機が働いている。その為には日本を否定することだ。そうすれば自分はより特別になれるというわけ。それもある。それもあるし、今回の考えはずっと昔から抱いていたものを、何とか現状を楽しく過ごせるようにと、この環境に合わせて調整してあったものを本来の姿に戻したものだ。伸び伸びとした感性だ。人に対する嫌悪感は。そのまま人に対する期待につながっている。それをずっと抑えていたんだ。今回はそれを外した。自由にしてみたら。気に食わないことばかりだ。

子供のように潔癖性になってしまった。子供のようにものを知らずにはいられないまま。年齢に関しては、もう遅いとは思わなくなってしまった。そういうものを超えた、困惑の中に迷い込んでしまった。

必要な知識と見識とは何か。必要なものは何。ただ生きること?生きることに満足すればそれでいいのか。どう生きていたっていいのか。自分のことだけを考えていくのが、一番楽だよ。それ以外は茨の道。宗教や政治の欺瞞。彼らは気持ちが良さそうだ。何も持たないという欺瞞。欺瞞を欺瞞としないで、そういうものだと思ってみる。人は弱いのだから。だから世界を小さくして、自分の居場所を守り抜こう。それはどこだろうね。

Ken Matsuda2016.2.26