2016.2.21

そもそもこの日記に期待していることは、自分自身へのメモと、心の浄化作用。心の動きを客観的に省みるきっかけとしての装置。

何があったかではなく、どう心が動いたか。どう反応して、どうしてそうなったのか。それらを書き留める為に書いている。一つの資料であり、実験場だ。

心が痩せ細っている。体は肥えている。見た目から変わる心、だとさ。痩せ過ぎてブルブル震えている。なんて寒い季節だろう。テレビがあれば、一日中テレビのことばかりになってしまう。それだけのものが詰まっている。だから大体口を開く前に疲れてしまう。

もう一日何をしたのか余り覚えていない。タイに旅行中に書いていた2冊のノートをそれぞれ見直してみた。一冊は事実と出来事を主観的に書き込んだもので、ひたすら量と、その場の思いつきで、改めて点検している思い出を、それに見合った形に作り込んでいったもの。もう一冊は外出用に持って行ったもので、その時の印象を、詩によって書いていったもの。その二つを見返して、その時の想いを反芻していると、もう何か終わってしまったものがずしりと心に居座っていることに気がついた。そいつはもうお前は戻れないんだと囁く。どこにも行かないのだから・・・。夕方から車を借りて、買い物に行く。土産話をしに行く。久しぶりにらくだ書店で一服する。帰ってきたら21時になっていて、ご飯を作って眠る用意をする。

夜眠れない。目を閉じても、考えが駆け巡っている。星は見えない。全部落ちてしまった。カーテンを閉め切って誰の心も通さなくなった。どんどん独りになっていく感じがしていた。どんどん独りになっていく感覚がすると言ってみた。優しくするのが辛い。鼻に付くことばかり。人の弱さが、心のおぞましさが見えてしまう。眠れなかった。

 

Ken Matsuda2016.2.21