2015.7.31

仕事から上がって眠る。最近は睡眠不足でずっとうつらうつらしていたから、起きた時少ししゃっきりした。でもまだ眠い。いろんな曲をコピーした後、ライブを見に行った。人が大勢いて、頭がくらくらしそうだった。お酒に酔っているような気持ち。みんなここにいたいというところで、この人と話したいという人と、これを話したいということを話しているのかな。特に求めないつもりが、ずるずると居ついてしまった。それでも普段よりはずっと増しだった。将棋をやったら凄く頭が疲れた。もっと練習しよう。何だか人が生き生きしているのが面白い。夜中の散歩。帰り際、店の前の路地で話をして、それから方向が同じだった人をホテルに歩いて送って、それから駐車場まで歩いた。もっと歩けたら良かったのに。

ライブを見ていて、感じたのは、その人と、その曲と、どう生きているのか。活きているのか。曲がまず良い、曲に想いが乗っている。それからその曲を歌っている、演奏しているその人が、それを活かせているか、その人が活きているか。その二つがあって初めて感動できる気がする。良い曲をやるだけなら、人の曲をカバーすればいい。自分が活きる為には、何をしたら、どうあればいいのだろうか。そんなことを見ていて思った。

ここ数日の感じだと、自分が活きる、とは自分によって活きるということなのではないかということ。他人によって活きるというのは、人と人との本当の距離を考えた時、或いは僕の感じている距離を考えた時、そこにあるのは支えを失った繋がりだ。支えは自分でなければいけないのではないか。その為には、一人になること、一人になって感じること。一人に「なりきって」感じて、考えて、立って、そうして自分というのができて、それから周りと本当に繋がれる。その覚束なさ、心細さで、漸く繋がれる。それは、自分があって、それが曲に乗って、初めて人に届くのだと思う。バンドというものに乗っかかるのではなく、人の繋がりに引っ張り上げてもらう前に、自分から立ち上がらなければならない。それが僕に欠けていたものだったのじゃないだろうか。それが僕が歌詞を書けない理由なのじゃないだろうか。人に届けたいと思うものは、自分だけで感じないといけない。ただ書くことはできても、歌うとなると難しい。そんなことを考えた。

Ken Matsuda2015.7.31