2015.7.30

謝って欲しかったんだろうか。喉元過ぎれば何とやらで、恐怖が湧いてくる。何であれ傷は傷だ。傷はその由来を問わない。畳の上に敷かれた布団の上。

Yuckのスーズミーを見た。身体が震えた。また忘れていた。大事なことは、すぐ忘れてしまう。バランスを取ることの大切さよ。もう落ちることもできなくなったのか。宙ぶらりんの生活。世界は逆さま。

本をめくることが、世界から逃避する手段だった。そのことに気づいていなかった。「成長」という言葉に、「今」の物足りなさを見えなくさせようとしていた。俺はよく言っていた。大事なのは成長だと。今ならこの言葉の意味がわかる。つまり「今」を見たくないんだ、見させないでくれ、という意味だ。そうやってバンドをやってきたわけだ。本が逃避の手段ではなく、現在がしっかりと掴めているものなら、結果という言葉に替わるだろう。結果は、それの目指すところをやれているかということで、成長は、それができていないということだ。現実的一歩を踏みしめて、それをなんと呼ぼうがそれは関係ないところにいなくてはいけない。考えごとがあるのに、考えたくなくて本を読む、ご飯を食べる、お酒を飲む、人と話す。それら小さな問題が積み重なって、逃避も遠くまで、「素早く」行かなくてはならなくなる。死の一歩手前までは、観光気分で行ってきても良い。その先は戻って来れない。でもそちらに進んでいるんじゃないか?自分で遠さと、「速さ」を求めているのじゃないか。そちらの未来は苦しいだろう。逃げるのじゃなく、踏み留まらなくては。本じゃない。それはヒントでしかない。暫定的な答えは自分で出さなくてはいけない。それでだけ、前に進める。そちらは前向きな死だ。

夜にはみんな正直になろうとする。

 

Ken Matsuda2015.7.30