2015.3.23

朝起きて、用意をしてからJ’zSTUDIOへ。テレキャスターとエフェクター、パソコンとオーディオインターフェイスを持っていく。トムと話してから録音する。『2人が消えるまで』のタンバリン、ハーモニカ、歌を録る。『ポップソング』のスライドギターとソロを録る。どれもトムがやった。

『2人が消えるまで』は、トムのデモではカントリーの要素が強いが、UKの要素を入れ、湿らし、ノリを作り、全体的にノスタルジアだけでなく悲観的なムードも足したいと思っている。それによって現実的な響きを持たせたい。悲観ゆえのノスタルジアは今を浮かび上がらせる。音楽に没頭する理由は?

余り示唆をし過ぎると、安っぽくなってしまうので気をつける。淡い感じがいい。

『ポップソング』はポップソングではなく、それを歌っている人=マジョリティーを眺めている、ポップソングを歌えない人=マイノリティーに対して歌っている歌だ。その世界を変えないと、情熱を持たないとダメだよと言いながら、それを求めながらも、そうなっていない世界を、つまりダメな世界を(本人がそう思っているであろう)勝手に肯定してしまう。そういう歌だ。これは歌の言葉の内容と演奏を食い違らせて、その言葉と世界の意味を反転させることに狙いがある。かといって、完全に肯定するのではなく、一時の夢のように、最後は萎んでいつもの味気ない世界に戻って終わる。救いの歌ではなく。人のものの捉え方に対する皮肉であり、そのことに対しての絶望、そういう勝手に傷つく人達、自分も含めて、傷つきたくて傷つく、悲劇を待ち望んでいるような生活に対しての憤り、そういうものが入っている。

あくまでアレンジありきの歌詞になっているので、弾き語りでは、狙いは伝わらないだろう。狙っていないところにも、旨味はあると思うが、自分では把握していない。

レコーディングをすると自分との対話が終始行われる。決断と妥協。予算と時間。予算があればもっと良いものが作れる。考えることはしかし、その予算の中で如何に良く作るかということ。難しいのは予算を決めることだ。今は引き延ばし引き伸ばし、お金も時間も体力も精神力も投入している。それ以外の時は休んでばかり。それでも眠りは浅い。

Ken Matsuda2015.3.23